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EST. 2006

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デス・プルーフ In グラインドハウス [2007]

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ロバート・ロドリゲスとクエンティン・タランティーノという2人のカルト的アイコン監督が再びタッグを組み、70年代のグラインドハウス(B級映画館)にオマージュを捧げました。この新しい2本立て映画『グラインドハウス』は、各監督による独立した2つの物語で構成されています。フォーマット自体は『スリー(Three)』や『愛の神、エロス』によく似ています。しかし、アメリカの観客はこの「2本立て」の真意を理解しきれず、公開初週の興行成績は振るいませんでした。その結果、『グラインドハウス』は海外公開向けに2本の映画に分割されてしまいました。あの偽予告編(フェイク・トレーラー)群の中で、分割後も生き残ったのは『マチェーテ』だけでした。

デス・プルーフ キル・ビル』に続き、クエンティン・タランティーノの『デス・プルーフ in グラインドハウス』は、「復讐の天使」というテーマにさらなる栄光を加えています。カート・ラッセル演じるサイコキラーは狂気に満ちつつも興味深く、私たちの心からラッセルの「タフガイ」というイメージを完全に取り払ってくれました。タランティーノは劇中でスタントマンへの敬意も表しており、ゾーイ・ベルによるスタントは並外れたものでした。ただ、ストーリーラインの転換における監督の手腕は、いつもの水準には達していません。『デス・プルーフ』のストーリーテリングは、タランティーノの過去の作品に比べてより直線的(ストレート)です。幸いなことに、アバナシー(ロザリオ・ドーソン)の着信音がバーナード・ハーマンの「Twisted Nerve」(『キル・ビル Vol.1』の曲)だったり、2人の警官が『キル・ビル』と同じキャラクターだったり、さらには『レザボア・ドッグス』、『パルプ・フィクション』、『キル・ビル』への多くの引用が見られるなど、監督のトレードマークは映画の至る所に散りばめられています。これら全てが、この物語を盛り上げています。『デス・プルーフ』の立ち位置は、『パルプ・フィクション』の後のピットストップ(一息つく作品)としての役割を果たした『ジャッキー・ブラウン』と多かれ少なかれ似ていると言えるでしょう。私たちは『キル・ビル』の後、タランティーノに対し過度な要求を抱いていたのかもしれませんが、そうした期待を一度脇に置けば、『デス・プルーフ』はタランティーノ作品として気軽に楽しめる一本です。エンディングに関しては最高で、満員の観客と共に歓声を上げてしまうほどでした。

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